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断捨離で見つけた宝物?

断捨離で見つけた宝物?

『断捨離で見つけた宝物』

 

プロフィールにも記載していますが、

本当に、何もかも大変で、

にっちさっちもいかなくなったとき、

 

本気で断捨離®︎に取り組み、気づけば4.5tのゴミ!を手放し、

その体験をまとめたところ、

断捨離グランプリ(2015)をいただきました。

 

その知らせをいただいたときは、びっくりしてソファーから転げ落ちたことを覚えています。

 

 

そのご縁で、

テレビの取材を頂き、

昨日は「ウチ、断捨離しました」BS朝日の、ミニコーナーに出演させていただきました。

 

取材中に答えた通り、

 

私は産後、ずっと

 

「子どもを何者かにしなければ」

 

と思っていたと同時に、

 

「自分も、何者かにならないといけない」

 

と、ずっと思っていたことに気づきました。

 

 

この呪縛が、本当に苦しかったですね。

 

 

クライアントの方も、よくおっしゃるのですが、

 

「今の自分」に許可が出せないことで、

何者かに(すごい人とか)ならないといけないと思い込んでいて、

 

世間的な評価、肩書き、結果が、満足するはずのものが、

とにかく欲しくて欲しくて、たまらない。

 

というより、

 

ないと、生きていけない、

居場所がなくなってしまう、

この世に身の置き場がなくなってしまう恐怖。

 

この恐怖との戦い、ものすごく無駄にエネルギーを消費するんです。

 

 

しかも、最悪なことに、

いざその「欲しいもの」「世間的な評価が高いもの」を手に入れても、

不思議なことに、全然、満足できない。

 

手にしていない、手に入れられないことばかりに気を取られて、

すぐに、次に欲しいものができて、いつもアップアップ。

 

 

飢餓感と焦燥感と、不安定さと、

満たされなさと、上げればきりがない「ないもの」ねだりで、ぐるぐるばかり。

 

これ、本当につらいんです。。

 

 

何もかもを手に入れることなんて、

そもそも望んでいないことに気づくことや、

 

本当に欲しいものは、

すでに手に入れていていることに気づくこと。

 

つまり、

自分のあり方(shape who I am)を見いだすのは、とっても難しいんです。

 

 

というより、見出そうとしなくても、

もう自分だから、見出すも何もないのですが…

 

 

ですが、私の場合、

そのきっかけになったのが断捨離との出会いです。

 

もう7年前になります。

 

 

自分の価値を上げるため、子どもをできる子にしない。

自分の価値を上げてもらうため、子どもをコントロールしない。

 

 

「〇〇ちゃんのママ」であることが、私の全てではなく、

 

私はわたしで、オプションとして親であること。

 

 

思い返せば、

 

子どもの頃から、

コントロールされるふりをすることで、

 

親の機嫌を保ち、家の中が平和でいることで、

何とか気持ちを保っていた私が、

 

その世代間の悪循環を断ち切って、

息子に息子自身の人生の舵をとること、

 

失敗も挫折も、私は見守り励ます寄り添える強さを、

 

断捨離だけでは、たどり着けなかった、

 

「自分で感じて、自分で動いて、自分で成長していく」

 

つまり、「自分が自分でいることのすごさ!」に、

 

セッションで気づけたこと。

 

 

これは、セッションでたどり着いた宝物です。

 

 

とは言っても、

取材を受けながらも、

 

「説明が難しい!伝えきれない!」

 

ということを痛切に感じました。

(編集が大変だったと察します…)

 

日本語なのに、言っていることがわからない、というか意味不明、わかりにくい!

(よく言われます…)

 

 

というより、あり方や感覚の部分は「非言語領域」なので、

そもそも言語化できないので、当たり前なのですが、

 

それでも、こうやって公にしていただくことができて、

新たに発見、気づくことがあって、感謝です!

 

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