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どうしたらいいのか、わからないだけ

どうしたらいいのか、わからないだけ

by 星 ゆいこ
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悲嘆=グリーフからの回復は、

思った以上に、とても時間がかかります。

 

 

いつか、きっと楽になる。

 

と、時間が解決してくれるようでいて、

実は、してくれません。

 

 

何もしないで、

 

「そういえば、解決しているな…」

 

ということは、まずない。

ありえない。

 

というのが、

実際、経験した私の率直な意見です。

 

 

なぜなら、

 

解決しようとすればするほど、問題がこじれてしまい、

何とかしようとすればするほど、どうにもならなくなってしまうからです。

 

 

 

なので、

いつも追われていて(逃げていて)、

 

その結果、

いつまで経っても、解決することができない。

 

 

つまり、

いつまで経っても、何をしても、

心を軽くすることができません。

 

 

つらくて悲しんでいる自分を責め続けても、

何とか前向きになろうとしても、

 

それでは、心を軽くすることは絶対にできません。

 

 

なぜなら、

そもそもの原因は、

 

自分のせいでも、

前向きになれないからでも、

 

どちらでもないからです。

 

 

 

本当の原因は、一言で言ってしまうと、

 

「免疫がないだけ」です。

 

 

つまり、

 

『人は挫折や失望で死ぬわけではなく 、免疫システムを強くできないから死ぬのです 。(中略)

問題で破綻するのではなく (中略)免疫システムがないために 、

トラブルや苦境に対処できずに破綻するのです 。』

 

(「7つの習慣 デイリーリフレクションズ」スティーブン・R・コビー著より)

 

とあるように、

 

タイトル通り、「どうしたらいいのか、わからない」状態に陥っているだけなんです。

 

 

 

かといって、

 

大切な人を亡くす経験を、

何度も重ねていて、十分な免疫がついて、大丈夫な人はいません。

 

 

なぜなら、

 

「死」そのものが問題なのではなく、

「大切な人との死別」こそが、つらくて悲しい、苦しい事だからです。

 

 

父を亡くしたから、

母を亡くしても大丈夫です。

 

ということには、ならないのと同じです。

 

 

職業的に、死に多く触れる場合でも、

大丈夫、ということは、まずないと思います。

 

 

緩和ケアや終末期の本を読むと、

ホスピスの医療従事者の離職率は高く、

 

「死を看取る」ことの、

精神的負担の大きさを表しています。

 

(精神的負担=命の重さ)

 

 

死は歓迎すべきものとは言えませんし、

 

悲しみに浸りすぎても、

無理しすぎても、解決からどんどん遠ざかっていきます。

 

 

だったら、どうしたらいいのか?

 

 

その答えは、

『自分で掴むこと』です。

 

どんなにつらくても、

どんなに苦しくても、絶対に掴めます。

 

 

でも、一人では、すでに力尽きていて、

万策尽きていて、どうしたらいいのか、わからず、途方にくれている。

 

 

そんなときに、

ものすごく効果を発揮するのが、セッションなんですよ^^

 

 

自分では、永遠に気づけない、本当の自分。

 

それを掴むサポートをするのが、コーチ(私)だからです。

 

 

これ以上ない、深い悲しみと苦しみの、

その奥にある本心に気付いたときに初めて、

 

視界が開けるように、しかも自分の力で、心(と身体)を軽くすることができるんですよ^^

 

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